はじめまして、担当の 奥原 崇太(オクハラ ソウタ) と申します。 本日は 「シーサー職人 」にお越しくださり誠にありがとう御座います。 私共の会社 「奥原製陶所 」は創業90年の赤瓦工場です。事業内容は赤瓦の製造・販売・施工を行っています。 「なぜ、瓦屋さんがシーサー販売を・・・?」 と、お思いのお客様もいらっしゃるかと思いますが、沖縄の文化では赤瓦とシーサーは、深い絆でつながった歴史があるのです!!
シーサーのルーツは、琉球王朝の大航海時代(14〜15世紀)に、エジプト→シルクロード→中国を経由して琉球(昔の沖縄)に伝わったと考えられています。 当初は、城の前や集落の入口に魔除けとして石造りのシーサーが置かれていました。 赤瓦は、琉球王朝の時代には身分の高い人の住宅に限られており、地方では地頭代理に任命された人が士族準じる扱いで赤瓦屋根が認められていました。国指定重要文化財「中村家」がそうです。そして、当初は権力者の象徴として存在した赤瓦屋根は1889年(明治22)に民家にも解禁されるようになりました。 今でこそ、赤瓦屋根にシーサーが鎮座しているのが沖縄の風習として知られていますが、実は、シーサーが赤瓦屋根に鎮座するようになり、県民により身近で親しみやすい存在になったのは瓦職人と深い関係が・・・!! それは・・・・・・ 瓦職人が屋根瓦をすべて葺き上げた後、家主に対する感謝の気持ちと魔除けの意を込め余った赤瓦と漆喰で作り上げた漆喰シーサーを屋根の上へ乗せた事が始まりなのです!!当時は、赤瓦屋根の家を作ろうと思う人は屋根の仕上がり具合とシーサーを見て腕の良い瓦職人を捜すようになり多くの家の屋根にシーサーが乗るようになりました。 言わば漆喰シーサーは瓦職人の名刺代わりだったのです。 まさに、赤瓦とシーサーは深い絆でつながった仲間!! シーサーは赤瓦を知らずして語れないのです!!
昨今では、沖縄へ国内外多くの観光客が訪れるようになり県外でもシーサーを据えつける方、新築祝い・内祝いギフトの縁起物としてお求め頂くお客様が増えて参りました。 現在、シーサーは、機械による大量生産により安価品が多く出回っておりますが、当店では機械生産の商品は一切取り扱っておりません!!一品、一品、すべて手作りの一点ものです!!そのため在庫のない場合、納期にお時間を頂くことがございますが、何卒ご理解下さいますよう宜しくお願い申し上げます。 当店「シーサー職人」はお越し頂いたお客様が、沖縄の文化・歴史に触れ、シーサーを知る事ができ、少しでも興味を持って頂ければと考えております。 「沖縄の守り神」シーサーが、皆様の家内安全を初め、愛と平和を祈り、やがては「日本の守り神」、「世界の守り神」として皆様に親しまれる事を願っております。
はじめまして!! ヨナバルファイタースリーの赤瓦レッドです。実は僕、ローカルヒーローなんです!! えっ!? ローカルヒーローを知らない・・・・・!? ローカルヒーローとは・・・・地域限定で活躍するヒーローです!! 地元の特産物のPRをして日々、地域振興のため活動する「ご当地ヒーロー」なのです!! ヨナバルファイタースリーは、沖縄県で二番目に小さい町、 与那原町 の特産物PRという重大な使命を遂行すべく生まれたヒーローです。
我が町、 与那原町 には様々な特産物がありますが、その中でも、400年以上の伝統行事「与那原大綱引き」、日本最南端で採れる「天然ヒジキ」、伝統文化で沖縄の風景を彩る「赤瓦、」が有名です。
その、 与那原町 の特産物、「大綱引き」「ヒジキ」「赤瓦」をモチーフにしたヒーロー・・・・・・ それが・・・・・!! 「伝統の大綱引きのようにみんなで力を合わせることがエネルギー・・・・・綱引きイエロー!!」 「海の強さと優しさがエネルギー!!ミネラルたっぷり・・・・ヒジキブラック!!」 「沖縄の赤瓦のように強くて丈夫な体の持ち主、サンサンと輝く太陽がエネルギー・・・・赤瓦レッド!!」
ヨナバルファイタースリーは、地域の保育園やお祭り、デパートのイベントに登場して沖縄の平和のため、 与那原町 のPRのためにヒーローショーを催しています。 ショーを観てくれた子供達が、自分の生まれ育った土地のモノを知り、それを愛してくれて、誇りに思ってくれたら幸いです。 なにこそ、子供達のその気持ちがヨナバルファイタースリーにとって一番のエネルギーになります!! もっとヨナバルファイタースリーを知りたい方は →http://www.yonabaru.jp/fighter/fighter.htm